記憶の落し物

 貴重品というものでもないが、品物を落としてしまった。落としたことに2分ほどで気付き場所もほぼ特定できるのですぐに探したが見つからない。落とす前には手で持っていることを覚えているのだが、その後に自分がどういう扱いをしたかがどうしても思い出せない。このことの方ががショックだった。わずか2分ほど前の記憶がない。無意識でやっていることなので思い出せないといえばそうなのだが、やはりへこんでしまう。品物ではなく記憶を落としてしまったのだ。

 クレパスで描くのが楽しく今回は玉ねぎを調子にのってやってみましたが、まだまだでした。クレパスは奥が深い、いやどんな画材も奥が深いのが当然のようです。

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スケッチはいつもの天神からです。

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by datian | 2012-09-08 22:05 | スケッチ絵画 | Comments(4)
Commented by あまぎやま at 2012-09-09 10:13 x
クレヨン、クレパス・・・、小学生時代を思い出しましたが戦時中でしたので軍艦、戦車、飛行機ばかり描いていた気がします。それよりも勤労奉仕に駆り出されて勉強の時間は殆んど思い出せません。今が一番・・・。
Commented by datian at 2012-09-09 20:34 x
●あまぎやまさん、こんばんは。
 勤労奉仕、大変な時代を生き抜いてこられたんですね。私も
若いころに年配の方や書籍からそうした話をいろいろ聞きました。
 怒られるかもしれませんが、私はボランティアという言葉がどう
しても勤労奉仕とイメージ的にダブるというかオーバーラップする
部分があります。ボランティアの人の純粋な気持ちは立派だと思い
つつ、そのこととは別に戦中には「お国の非常時だ、国民火の玉となって」、、
現在ではマスコミなどが「がんばれ日本、絆だ」と言うのとどこが違うのだろ
うかと思ってしまいます。

Commented by あまぎやま at 2012-09-09 21:03 x
勤労奉仕は自主的なモノでは無く強制的なモノで選択の余地などは無い学校行事として実施されていました、S20年8月15日も屑鉄拾いに製鉄所(北朝鮮)に出掛けていました、6年生の暑い日でした。
Commented by datian at 2012-09-09 22:20 x
●あまぎやまさん、こんばんは。
 過酷な経験のお話しを聞くと、私などまだまだひよっこだなと
痛感いたします。
 強制的なことは理不尽で許しがたいことだと思います。
 現在のボランティアは自主的なのですが、いつの頃からこれほ
ど宣伝されて規模が大きくなったのだろうかと疑問に思っています。
ボランティアは盛んに報道宣伝するが、再稼働反対原発反対などは
ほとんど報道しないことがさらに疑問を強めさせています。
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